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【雑記】明日という日に思うこと

2012年の秋、震災後初めて慣れにし福島へ現地視察を兼ねたリフレッシュに出かけた。

いつも通り、お気に入りの場所で紅葉を楽しみ、行きつけの食堂でうどんを啜り、
酪王カフェオレを飲みながら、ただただいつものコースをたどっていた。

ただ、このときいつもとひとつだけ違う点があった。
それは、首からは常にガイガーカウンターを提げており、
線量の計測を行いながらの行程だったこと。

訪れた場所は福島第一原発からはおよそ80kmの距離にあり、
風下にもなっていない場所であったためか、
客観的に見てもさほどの線量ではなかった。
福島民友(新聞)の公表値に対してもほとんど誤差がなく
また眉唾物のガイガーカウンターでどこまで正確に測れるのか疑問もあったが、
自らの目で中通りと勿来周辺を見て回った感触で言えば
単に「フクシマ」と一からげにしてしまっていいのかという思いがあった。

線量がどうのこうの以前に、生活できる場所にはただ粛々と生活があった。
その事実を見もせずにカタカナ4文字ですべてが危険地帯と称するなかれ、と。

現地に一度も足を踏み入れず、300km圏外からひたすら反原発を叫ぶ人も多かろうが、
自分の頭で判断した結果なのだろうかとは今でも思う。
脱原発を進めた場合、日本の電力需要に対しておよそ25%の供給不足が発生することになる。
それは即ち、他に犠牲を求めることと同義になるのだが、その覚悟はあるのか。


現状の生活を維持する代わりに、何かあったときに死の灰を浴びるかもしれないという覚悟
被爆で死ぬのだけは嫌だが、それによって他に失うことを厭わない覚悟


いずれの覚悟も持てないならば、自らにできる方法で粛々と社会を支えるのみ。

彼らの生活のことを思いながら、今日もまた酪王カフェオレを買いに行こうと思う。
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Date: 2014.03.10 Category: 未分類  Comments (0) Trackbacks (0)
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